一口の丼が、おまかせの流れをつくる
おまかせコースには、料理の流れがあります。
先附から始まり、茶碗蒸し、季節の料理が続く。
素材や季節を感じていただきながら、一皿ずつ味わいを重ねていく時間です。
そして、その流れの中で、少し空気が変わる瞬間があります。
私がお客様の前へお持ちするのは、小さな二段の器。
上段には、雲丹、いくら、とびこ、うずらの卵、山葵、海苔、あられ。
下段には、酢飯だけ。
一見すると、まだ完成していません。
完成させるのは、私ではなく、お客様ご自身です。
この小さな一杯は、料理から鮨へと向かう流れをつなぐために、清吉のおまかせコースの中で大切な役割を担っています。
熊本で生まれた小さな発想
この一口の丼が生まれたのは、私が熊本で初めて鮨店を任された頃でした。
鮨店でありながら、お客様に「少し驚きのある一品」をお出しできないか。
そんな思いから、この小さな丼を考えました。
その後、京都で訪れたフレンチレストランで、美しい二段の器に出会います。
料理だけではなく、器そのものが演出になっている。
その印象が心に残りました。
清吉を改装するとき、この記憶がよみがえります。
「この器で提供したい。」
そう考え、有田で現在の二段の器を製作しました。
料理には、その料理に合う器があります。
そして器にも、その料理だからこそ生きる役割があります。
この小さな丼は、料理だけでは完成しません。
器も含めて、一つの体験として形になっています。

最後の仕上げは、お客様
器を開けると、上段には彩り豊かな具材。
下段には、白い酢飯。
私から細かな説明をすることはありません。
お客様は自然と考えます。
「どう食べるのだろう。」
そして、上段の具材を下段の酢飯へ。
ご自身で仕上げた一杯を、一口で召し上がっていただきます。
雲丹の甘み。
いくらの旨味。
とびこの食感。
うずらの卵が全体をまとめ、山葵が味を引き締めます。
そこに海苔とあられが加わることで、一口の中に様々な食感が生まれます。
私が完成させる料理ではなく、お客様が完成させる料理。
だからこそ、この一杯には参加する楽しさがあります。
食べるだけではなく、自分で仕上げる。
ほんの小さな体験ですが、その時間が食事の記憶として残っていきます。

変えないという選択。
料理は季節によって変わります。
魚も変わります。
献立も変わります。
しかし、この小さな丼だけは、清吉の定番として残しています。
理由は、とてもシンプルです。
「また食べたい。」
そう言ってくださるお客様が多いからです。
初めて来られた方には、新鮮な体験として。
再び来られた方には、「あの小さな丼ですね。」という楽しみとして。
料理は変わっても、お店の記憶になる一品は残したい。
そう考えています。
続けることは、決して変化を止めることではありません。
残す価値があるものを残す。
それもまた、おまかせを続ける上で大切な仕事だと思っています。

料理から鮨へ。
この小さな一杯のあと、いよいよ鮨が始まります。
料理を楽しんできた時間から、握りを味わう時間へ。
コースの空気が静かに切り替わる瞬間です。
清吉では、料理と鮨を別々のものとは考えていません。
料理があり、その先に鮨がある。
一つの流れとして、おまかせコースを組み立てています。
だからこそ、この小さな丼には意味があります。
料理の締めくくりであり、鮨への入口でもある。
一口だからこそ重すぎず、次の一貫への期待が自然と高まっていきます。
その流れ全体を味わっていただくことが、私のおまかせです。
一貫一話
料理には、一皿ごとの物語があります。
この小さな二段の器も、その一つです。
熊本で生まれた発想。
京都で出会った器。
有田で形になった器。
そして今、清吉のおまかせコースの中で、お客様ご自身の手によって完成する一杯。
大きな料理ではありません。
ほんの一口です。
それでも、その一口が記憶に残る食事になることがあります。
料理を味わうだけではなく、体験として持ち帰っていただきたい。
そんな思いで、この小さな丼をお出ししています。
おまかせコースは、その日、その季節、その食材によって姿を変えていきます。
しかし、この一杯は、これからも変わらず、料理から鮨へと続く道をつなぐ存在でありたいと思っています。
一つひとつの料理に理由があり、一つひとつの流れに意味がある。
その積み重ねが、清吉のおまかせです。
そして今日もまた、小さな二段の器は、お客様を次の一貫へと静かに案内しています。
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