〜韓国で伝える、日本の寿司文化〜
「寿司を教える」ということは、寿司の作り方を教えることだと思っていました。
魚の切り方。
シャリの握り方。
包丁の使い方。
ネタとシャリのバランス。
最初は、そういう技術を伝えることが、自分の役割なのだと思っていたのです。
けれど、韓国で寿司を教えるようになってから、少しずつ考え方が変わっていきました。
教えているはずなのに、実は自分自身が寿司について、もう一度考えさせられている。
「なぜ、この仕事をしているのだろう」
「なぜ、日本ではこういう食べ方をするのだろう」
「寿司職人が大切にしているものは、技術だけなのだろうか」
そんなことを、あらためて考えるようになりました。
そして今では、
寿司を教えることで、寿司を学び直した。
そう感じています。

韓国で寿司を教えるようになって
私が韓国で寿司を教えるようになったのは、2019年からです。
現在は、韓国・江南区のナカムラアカデミーで、年に2回ほど寿司を教えています。
日本から韓国へ行き、現地の生徒さんたちに寿司を伝える。
最初は、もちろん緊張しました。
言葉も文化も違います。
日本では当たり前だと思っていたことが、韓国では当たり前ではない。
逆に、日本人の自分には思いつかないような質問を受けることもあります。
その一つひとつが、とても勉強になります。

「なぜ?」と聞かれて、初めて気づくこと
料理人として仕事をしていると、毎日の繰り返しの中で、知らないうちに「当たり前」になっていることがあります。
例えば、魚の扱い方。
シャリの温度。
包丁の入れ方。
ネタの厚さ。
握る強さ。
提供するタイミング。
日本で寿司を作っていると、それらを一つひとつ説明する機会は、意外と多くありません。
ところが、海外で教えると、
「なぜですか?」
と聞かれます。
そこで初めて、
「なぜ自分はそうしているのだろう」
と考えるのです。
感覚だけでやっていたことを、言葉にしなければならない。
技術を教えるためには、その技術の意味を自分自身が理解していなければいけない。
それが、韓国で教えることの大きな学びでした。

寿司は「技術」だけではない
寿司という料理を説明するとき、つい「魚とシャリの料理」と考えてしまいます。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、実際に寿司職人として仕事をしていると、それだけでは説明できないものがあると感じます。
魚には旬があります。
地域によって獲れる魚も違います。
季節によって味わいも変わります。
魚をどう保存し、どう下処理するのか。
どのタイミングで食べてもらうのか。
どんな器を使うのか。
どんな日本酒を合わせるのか。
そして、どんな言葉を添えて料理を出すのか。
そこには、日本の自然と食文化、そして長い時間の中で育まれてきた知恵があります。
寿司は、単なる「食べ物」ではありません。
日本の食文化の一つなのだと思います。

日本と韓国、違うからこそ面白い
韓国で教えていると、日本と韓国の食文化の違いを感じることがあります。
同じ魚を食べる文化があっても、食べ方や味付け、料理に対する考え方には違いがあります。
けれど、違いがあるからこそ面白い。
「日本ではこうします」と一方的に教えるのではなく、
「韓国ではどうですか?」
と聞いてみる。
すると、そこから新しい会話が始まります。
料理は、言葉が違っても人と人をつなぐことができます。
食べることは、その国の文化を知る入り口にもなります。
だからこそ私は、海外で寿司を伝えるときに、単純に「寿司を作れるようになってもらう」だけではなく、
日本の食文化そのものに興味を持ってもらいたい。
そう思うようになりました。

一番うれしいのは、生徒さんの「笑顔」
教室で、生徒さんが一つの課題を終えたとき。
きれいにできていたら、
「OKだよ」
「きれいにできてるよ」
と声をかけます。
その瞬間に見せてくれる笑顔が、本当にうれしい。
料理を教える立場として、技術が上達することはもちろん大切です。
でも、それ以上に、
「できた!」
という喜びを一緒に感じられることが、教えることの楽しさなのだと思います。
料理人になって長く仕事をしていると、包丁を使うことも、魚を扱うことも、シャリを握ることも、日常になっていきます。
けれど、生徒さんにとっては初めての経験です。
その新鮮な目を通して自分の仕事を見ると、
「寿司って、こんなに面白いものだったんだ」
と、自分自身も思い出させてもらえます。

教えることは、ホスピタリティを考えることでもある
寿司職人というと、技術に目が向きがちです。
しかし、私は料理を提供する仕事には、技術と同じくらい「相手を思う気持ち」が大切だと思っています。
相手が何を求めているのか。
どんな状態で料理を食べるのか。
どんな説明なら分かりやすいのか。
どのタイミングなら楽しんでもらえるのか。
これは、海外で教えるときにも同じです。
言葉や文化が違えば、当然、伝え方も変えなければなりません。
「自分が分かっているから、相手にも伝わる」
ではありません。
相手の立場に立って考える。
これは、寿司職人としてお客様を迎えるときにも同じです。
韓国で教える経験は、私自身のホスピタリティについて考える機会にもなっています。

清吉で伝えたいのは「寿司」だけではない
では、韓国での経験を、福岡の「鮨と和の食 清吉」でどう生かしていくのか。
最近、私は以前よりも強く、
料理を通して、日本の文化や歴史まで伝えたい
と思うようになりました。
もちろん、おいしい料理であることは大前提です。
魚がおいしい。
シャリがおいしい。
日本酒がおいしい。
それだけでも、食事としては十分楽しんでいただけます。
でも、その料理がなぜ今ここにあるのか。
なぜこの魚をこの季節に使うのか。
なぜこの調理法なのか。
器にはどんな意味があるのか。
日本では昔から、どのように魚を食べてきたのか。
そんな背景を知ると、一貫の寿司の見え方が変わります。
料理を「食べる」だけではなく、
料理を通して日本を知る。
そんな時間を、清吉では作っていきたいと思っています。

「映える」だけでは伝わらないもの
今は、料理を写真や動画で楽しむ時代です。
美しい料理。
美しい盛り付け。
美しいカウンター。
美しい中庭。
そうした「映える」要素も、もちろん大切です。
私自身も、美しい料理を見ていただきたいと思っています。
けれど、これからはそれだけではなく、
その料理の背景まで伝えたい。
そう思っています。
日本には、四季があります。
魚にも旬があります。
地域ごとに食文化があります。
そして、寿司にも長い歴史があります。
そこには、写真だけでは伝わらない物語があります。
一つの料理をきっかけに、
「これは何ですか?」
「なぜこの食べ方をするのですか?」
「福岡ではどんな魚が獲れるのですか?」
そんな会話が生まれる。
私は、そんな食事の時間が好きです。

韓国で教えることが、福岡の清吉につながっていく
韓国で寿司を教えることは、清吉とは別の活動だと思っていました。
しかし、今振り返ると、そうではありませんでした。
韓国の生徒さんたちに寿司を教える。
質問を受ける。
文化の違いを知る。
自分の常識を見直す。
そして、日本の寿司文化について考える。
その経験が、少しずつ清吉の料理や接客にもつながっています。
海外から福岡を訪れるお客様にとって、日本で食べる寿司は、単なる食事ではありません。
「日本に来たからこそ食べられるもの」
「福岡だからこそ感じられるもの」
「この店だからこそ聞ける話」
そんな体験になればと思っています。
福岡の旬の魚。
九州の食材。
日本酒。
季節の料理。
そして、寿司。
そこに、料理人として私が知っていること、感じていることを少しずつ添えていく。
それが、これからの清吉で大切にしたいことです。

寿司を教えることで、寿司を学び直した
韓国で寿司を教え始めて、私は寿司について知らなかったことに、たくさん気づきました。
そして同時に、
「自分は、寿司を通して何を伝えたいのだろう」
ということも考えるようになりました。
答えは、まだ一つではありません。
これからも変わっていくかもしれません。
ただ、今の私が思っていることがあります。
それは、
寿司は、人と人をつなぐ料理であり、日本の文化を伝える料理でもある。
ということです。
韓国で教えるときも。
福岡でお客様を迎えるときも。
同じ気持ちで寿司と向き合いたい。
おいしいものを作る。
それだけではなく、その一皿、その一貫の向こう側にある季節や土地、歴史や文化まで感じてもらう。
そして、食べ終わったときに、
「日本に来てよかった」
「福岡でこの寿司を食べてよかった」
「また来たい」
と思っていただける。
そんな時間を作ることが、これからの私の仕事なのだと思います。
韓国で寿司を教えることは、寿司を教えることだけではありませんでした。
教えることで、自分自身が寿司を学び直す。
そして、学び直したからこそ、これから伝えられるものがある。
1967年から続く清吉の歴史の中で、これからも一つひとつの寿司に、日本の四季と食文化を込めていきたいと思います。
寿司を通して、日本を伝える。
それが、今の私が目指している清吉の姿です。
第6話|一貫一話
タイトル: 寿司を教えることで、寿司を学び直した。
副題: 〜韓国で伝える、日本の寿司文化〜
テーマ: 寿司・日本文化・海外での寿司指導
場所: 韓国・江南区
指導先: ナカムラアカデミー
開始: 2019年〜
料理人: 鮨と和の食 清吉 二代目店主 岡本毅
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