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鮨と和の食 清吉

福岡市早良区原1-22-26

TEL.092-821-5064

一貫一話 第五話

シャリは、最高の脇役。

寿司と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、鮪や雲丹、白身魚や光り物ではないでしょうか。

「今日はどんな魚が食べられるのだろう。」

そんな期待を胸に暖簾をくぐる方がほとんどです。

それは、ごく自然なことです。

寿司の魅力は、四季折々の魚との出会いにあります。

しかし、寿司職人として長年カウンターに立っていると、もう一人の主役の存在を、毎日のように感じます。

それが、シャリです。

魚は季節を語ります。

シャリは、その季節を受け止めます。

寿司は、この二つが一つになって初めて完成する料理なのです。


最近、シャリが注目されています。

ここ数年、「赤酢のシャリ」という言葉を耳にする機会が増えました。

東京の名店をきっかけに、赤酢を使う寿司店も全国で増え、シャリそのものに関心を持つ方も多くなっています。

赤酢とは、酒粕を長い時間熟成させて造られる酢です。

一般的な米酢と比べると、やわらかな酸味と、まろやかな旨味、そしてどこか深みのある香りを持っています。

その個性は、魚だけではなく、寿司全体の印象を変えるほどの存在感があります。

鮨と和の食 清吉でも、赤酢を使っています。

しかも、一種類ではありません。

二種類の赤酢を独自に合わせています。

理由は、とてもシンプルです。

香りを重ねるため。

そして、甘みと酸味のバランスを整えるためです。

同じ赤酢でも、香りの立ち方や余韻、酸味の角の立ち方は少しずつ違います。

一つだけでは届かない表情があります。

だからこそ、それぞれの個性を少しずつ重ねながら、自分が理想とする味を探してきました。

もちろん、最初から今の形だったわけではありません。

酢の割合を変え、季節によって調整し、何度も試してはやり直す。

その積み重ねの中で、ようやく今の配合にたどり着きました。

それでも、「これで完成」と思った日は一度もありません。


魚だけでは、寿司は完成しない。

寿司は魚の料理。

そう思われることも少なくありません。

もちろん、魚は大切です。

市場へ足を運び、その日、その季節に最も良い魚を選ぶ。

その仕事は寿司職人にとって欠かせないものです。

けれど、どれほど素晴らしい魚でも、それだけでは寿司にはなりません。

魚を支えるシャリがあってこそ、一貫は完成します。

シャリは、自分を主張するものではありません。

魚の香りを受け止め、脂をまとめ、旨味をつなぎ、一口の中で全体を調和させる。

目立つことはありません。

けれど、なくてはならない存在です。

舞台の中央で拍手を浴びる役者ではなく、その舞台そのものを支える存在。

だから私は、ネタだけが主役だとは考えていません。

寿司とは、魚とシャリがお互いを引き立て合う料理です。

そのどちらが欠けても、本当に美味しい一貫にはならないと思っています。

毎日違う、お米と向き合う。

清吉のシャリは、熊本県菊池産のヒノヒカリを基本にしています。

そこへ福岡県産のお米をブレンドし、その時々の状態を見ながら全体のバランスを整えています。

同じ品種でも、お米は毎日違います。

新米なのか、古米なのか。

気温は高いのか。

湿度はどうか。

梅雨なのか、冬なのか。

近年では米不足の影響で、お米そのものの状態も変化しています。

昨日と今日が同じ条件という日はありません。

だから、毎朝お米と向き合います。

炊き上がったら、最初に見るのは粒立ちです。

一粒一粒が美しく立っているか。

艶はどうか。

湯気の立ち方はどうか。

香りはどうか。

そして、口に入れた時の硬さはどうか。

数字だけでは分からないことがあります。

機械だけでは測れないことがあります。

最後は、自分の目で見て、自分の手で触れ、自分の舌で確かめる。

その積み重ねが、その日のシャリになります。


シャリは食材ではなく、職人。

コロナ禍は、多くの飲食店にとって立ち止まる時間でした。

私自身も、お客様の少ない店内で、自分の仕事について改めて考える時間が増えました。

寿司とは何だろう。

自分は何を届けたいのだろう。

魚なのか。

技術なのか。

それとも、おまかせという時間そのものなのか。

そんな問いを繰り返す中で、何度も向き合ったのがシャリでした。

毎日同じように炊いているようで、実は一日として同じ日はありません。

赤酢の配合を考える。

米の状態を見る。

炊飯を調整する。

季節を感じる。

湿度を読む。

その日の空気まで含めて、一つ一つ判断していく。

シャリは、朝に仕込めば終わりではありません。

握るその瞬間まで変化を続けています。

だから職人も、最後まで見続けなければなりません。

気がつけば、私が毎日向き合っているのは、お米ではありませんでした。

毎日の積み重ねでした。

昨日より今日。

今日より明日。

少しでも良くしたい。

その繰り返しが、いつの間にかシャリという形になっていました。

ある日、ふと思いました。

シャリは、食材ではない。

職人なのだ、と。

赤酢も、お米も、炊飯も、季節も、湿度も。

そのすべてを受け止めながら、一貫を支えている存在。

誰よりも静かで、誰よりも誠実に仕事をしている存在。

それが、シャリなのだと思うようになりました。

まだ正解を探しています。

「今のシャリが完成形ですか。」

そう聞かれることがあります。

でも、私はいつも同じ答えになります。

まだ、正解を探しています。

酢合わせも。

炊飯も。

お米も。

季節との向き合い方も。

もっと良くできるのではないか。

もっと魚を引き立てられるのではないか。

その問いは、毎日変わります。

だから職人には、完成という言葉がありません。

仕事とは、終わるものではなく、積み重ねるものだからです。

日本の四季は、毎年少しずつ表情を変えます。

自然が変われば、食材も変わります。

だからこそ、仕事も変わり続けなければならない。

探究を続けることこそ、職人の仕事なのだと思っています。


縁の下だからこそ、美しい。

お客様が最初の一貫を口に運ぶ瞬間。

それは、清吉のシャリを初めて味わう瞬間でもあります。

「シャリが美味しいですね。」

そう言っていただけることがあります。

もちろん、とても嬉しい言葉です。

でも、本当は気付く人は気付くくらいでいいと思っています。

理想のシャリは、自分を語りません。

握った瞬間は、一つになる。

口へ運ぶと、一粒一粒が自然にほどける。

魚の旨味を受け止める。

香りをつなぐ。

決して魚より前へ出ない。

そして、一貫という料理を完成させる。

それが、私の思い描くシャリです。

お客様には、「魚が美味しい」と思っていただければ、それで十分です。

でも、その美味しさを静かに支えているのは、実はシャリなのです。

だからこそ、シャリは最高の脇役なのです。

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