~初めてのおまかせでも大丈夫~

「実は、おまかせは初めてなんです。」
寿司屋を営んでいると、この言葉を本当によく耳にします。
海外からのお客様だけではありません。
日本のお客様からも、よく聞く言葉です。
回転寿司には行ったことがある。
でも、職人が目の前で一貫ずつ握るカウンターで、おまかせを食べるのは初めて。
そんな方は、思っている以上に多くいらっしゃいます。
清吉は福岡市早良区の住宅街にあります。
転勤で福岡へ来られた方から、
「近くに住んでいたのに、こんな良いお店があったんですね。」
と言っていただくこともあります。
一方、海外からのお客様にとっては、日本で初めてのおまかせという方も少なくありません。
暖簾をくぐる瞬間のお客様は、期待と同じくらい緊張もされています。
その表情を見るたびに思います。
今日は寿司を握るだけではなく、この緊張を安心へ変えることも、私の仕事なのだと。

「これで合っているのかな?」
初めてのおまかせのお客様には、ある共通点があります。
席へ座ると、周りのお客様をそっと見ています。
隣の方が手で食べれば、自分も手で。
箸を使えば、自分も箸で。
海外からのお客様は、隣に日本人のお客様が座っていると、その食べ方をよく見ています。
「これで合っているのかな。」
そんな気持ちが伝わってきます。
写真を撮ってもいいのだろうか。
職人に話しかけてもいいのだろうか。
醤油はどう付けるのだろうか。
分からないことがたくさんあると、人は料理よりも「失敗しないこと」に意識が向いてしまいます。
だから私は、最初にこうお伝えします。
「私は頑固な職人ではありませんから、食べ方にうるさくありませんよ。」
そうすると、多くのお客様が笑顔になります。
そして、
「手でも、お箸でも、お好きな方で大丈夫です。一番大切なのは、美味しく召し上がっていただくことです。」
そうお話ししています。


味わうことを忘れてほしくない
修業時代、料理を題材にした漫画で、今でも心に残っている場面があります。
二人の若い料理人が、別のお店へ料理の勉強に行きます。
一人は作法や礼儀ばかりを気にしてしまい、「失礼があってはいけない」と緊張したまま食事を終えました。
もう一人は礼儀を大切にしながらも、肩の力を抜いて料理そのものを楽しみました。
店へ戻り、それぞれが料理について話すと、後者の方が味や香り、細かな工夫まで鮮明に覚えていたそうです。
その場面を読んだとき、「なるほど」と思いました。
人は緊張すると、味わうことよりも「間違えないこと」に意識が向いてしまう。
だから私は、お客様には美味しく食べることを一番大切にしてほしいと思っています。
安心すると、人は料理を味わうことができます。

父が教えてくれたカウンター
子どもの頃、父が仕事をしている姿を見て育ちました。
仕込みをしている時間は、正直あまり覚えていません。
でも鮮明に覚えている光景があります。
カウンターで、お客様と楽しそうに笑いながら話をしている父の姿です。
子どもながらに、
「寿司屋って楽しそうだな。」
そう思っていました。
だから、自分にもできるかもしれないと思ったのです。
ところが修業を始めると、その考えはすぐに変わりました。
朝から晩まで仕込み、掃除、準備、片付け。
父がお客様と笑っていた時間は、一日のほんのわずかな時間だったことを知りました。
「あの笑顔の裏には、こんなにも大変な仕事があったのか。」
そう思ったことを今でも覚えています。
でも今は、その意味がよく分かります。
あれだけ準備をしているからこそ、カウンターでは仕事ではなく、お客様との時間を楽しめる。
父が教えてくれたのは、寿司の握り方だけではなく、人を笑顔にする仕事だったのかもしれません。

小さなカードに込めた想い
数年前から清吉では、食べ方のご案内カードをお渡ししています。
「手でも箸でも大丈夫。」
「醤油はネタ側へ。」
「写真撮影はご自由にどうぞ。」
一見すると食べ方を説明するカードですが、本当の目的は違います。
安心していただくことです。
海外からのお客様は、現地の言葉で質問されることもあります。
私もできる限りお伝えしますが、細かなニュアンスまで正確に説明することは簡単ではありません。
だから、言葉だけではなく、誰が見ても安心できる方法を考えました。
料理名や説明もできる限り添えています。
料理を知ることは、日本の四季や文化を知ることにもつながるからです。

韓国で気付いたこと
2019年から韓国で寿司を教える機会をいただいています。
最初は技術を伝える仕事だと思っていました。
ところが実際は違いました。
韓国では学生だけではなく、第二の人生として学びに来られる方も多く、質問がとても深いのです。
「なぜ日本ではこうするのですか。」
「なぜこの器なのですか。」
「なぜ今日はこの魚なのですか。」
当たり前だと思っていたことを改めて質問されることで、私自身も気付かされました。
寿司を教えているのではなく、日本文化を伝えているのだと。
それ以来、清吉でも料理だけではなく、その背景にある文化や意味もできるだけお伝えしたいと思うようになりました。

記録よりも記憶
最近はスマートフォンで料理を撮影される方も多くなりました。
もちろん、旅の思い出として写真を残していただくことは、とても嬉しく思います。
私自身も他のお店へ伺う時は、必ず撮影して良いか確認します。
だから清吉でも、どうぞ遠慮なく写真を撮ってください。
でも、最後に持ち帰っていただきたいのは、写真だけではありません。
以前、海外から来られたお客様が、前回清吉で撮った写真を見せてくださいました。
嬉しかったのは写真ではなく、その時間を思い出として大切にしてくださっていたことでした。
日本のお客様から、
「今度は家族を連れてきます。」
と言っていただくこともあります。
料理はその日限りですが、その時間は心に残ります。

圧倒的な体験とは
私が目指しているのは、美味しい寿司をお出しすることだけではありません。
一斉スタートだから生まれる一体感。
目の前で握る音。
炭火の香り。
季節ごとに変わる器。
そして、料理に込められた日本の四季や文化。
節分や端午の節句など、日本には料理とともに受け継がれてきた風習があります。
私は、それも一緒に味わっていただきたいと思っています。
海外からのお客様には、日本文化に触れる時間として。
日本のお客様には、改めて四季の美しさを感じる時間として。
料理は、お腹を満たすだけのものではありません。
文化や歴史、人の想いを伝えるものでもあります。
だから私は、派手な演出や見た目だけの驚きではなく、一貫一貫の背景にある物語まで届けたいと思っています。
安心すると、人は食事を楽しめます。
そして、食事を楽しめるようになると、その一貫に込められた季節や文化、人との会話まで心に残ります。
記録よりも記憶。
福岡で過ごした時間が、何年経っても思い出したくなる時間になること。
「また福岡へ行きたい。」
「また清吉へ帰ってきたい。」
そう思っていただけたなら、料理人としてこれほど嬉しいことはありません。
今日も私は、その一日になることを願いながら、お客様をカウンターでお迎えしています。
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