
一本の包丁から受け継がれる仕事
夏になると、寿司屋にはその季節ならではの魚が並び始めます。
鮪や雲丹のように一年を通して親しまれる魚もありますが、季節の移ろいを強く感じさせてくれる魚の一つが鱧(はも)です。
京都の祇園祭を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、九州でも古くから親しまれてきた魚であり、福岡の夏を彩る大切な食材の一つです。
お客様からすると、一貫の寿司として目の前に出される鱧は、ふんわりと柔らかく上品な味わいの魚に見えるかもしれません。
しかし、その一貫の裏側には、魚の扱いだけではなく、職人として歩んできた時間や経験が詰まっています。
私にとって鱧は、修行時代の記憶を思い出させてくれる特別な魚でもあります。

骨切りの前に勝負は始まっている
鱧と聞くと、多くの方は「骨切り」を思い浮かべると思います。
実際に鱧は非常に骨の多い魚です。
そのため、細かな骨を断ち切る骨切りという技術が欠かせません。
しかし寿司屋として鱧を扱う時、実は骨切りよりも前の工程が重要だと考えています。
鱧を卸した後、中央の中骨を丁寧に取り除いていきます。
光に透かした時、中央が一本の線のように綺麗に透けて見える状態があります。
今回掲載している写真も、その状態を撮影したものです。
一見すると地味な作業ですが、この仕事が不十分だと、どれだけ細かく骨切りをしても骨が口に当たりやすくなります。
つまり骨切りだけが技術ではありません。
骨切りが美しく仕上がるかどうかは、その前の卸しの仕事に大きく左右されるのです。
寿司の世界では目立つ仕事よりも、見えない仕事の方が味に影響することがあります。
鱧はまさにその代表的な魚だと思います。
二十三歳、初めての鱧切り包丁
私が寿司職人として修行を始めたのは十八歳の時でした。
当時の私は、鱧切り包丁を持っていませんでした。
鱧切り包丁は普通の出刃包丁とは違い、鱧の骨切りのために作られた専用の包丁です。
しかも安い道具ではありません。
若い職人にとっては簡単に手が届くものではありませんでした。
当時の給料は十万円を少し超える程度だったと思います。
そんな中で購入した鱧切り包丁は約五万円。
決して安い買い物ではありませんでした。
購入したのは、まだ豊洲へ移転する前の築地にあった有次でした。
店に入った時のことは今でも覚えています。
緊張しながら店に入ったものの、若い職人が冷やかしで見に来たと思われていたのか、正直あまり相手にされなかった印象があります。
それでも思い切って購入しました。
勢いだったのかもしれません。
ただ、職人として次の段階へ進みたいという気持ちは強かったと思います。
購入したのは青鋼の鱧切り包丁でした。
長いものは高価だったため、私が選んだのは少し短めの一本でした。
ようやく手に入れた包丁でしたが、買ってすぐに使えたわけではありません。
青鋼は良い鋼ですが、使える状態にするには時間がかかります。
仕事の合間を見つけながら少しずつ研ぎ続け、納得できる状態になるまで二週間ほどかかった記憶があります。

見て覚えろの時代
今のように動画もありません。
職人の世界は「見て覚えろ」の時代でした。
鱧の骨切りも同じです。
修行時代には、
「一寸に最低二十二本」
と教わりました。
一寸は約三・三センチ。
その短い間に二十二回以上包丁を入れるということです。
しかし簡単ではありません。
切り込みが深すぎると皮まで切れてしまい、身がばらばらになります。
逆に浅いと骨が残ります。
ちょうど良い深さを身につけるには繰り返しの練習しかありませんでした。
また、包丁は真っ直ぐ下ろすのではなく、少し寝かせるように使います。
感覚としては四十度から四十五度ほどです。
当時はなぜそうするのか理由までは分かりませんでした。
先輩の仕事を見て真似をする。
それしかありませんでした。
もっと見たいと思っても、じっと先輩の仕事を見ていると、
「ぼーっとしていないで仕事しろ」
と言われる時代です。
それでも隙を見ては盗み見て、少しずつ覚えていきました。
私が鱧を扱えるようになった頃、当時の親方も私が包丁を研いでいることを知っていました。
まだまだ未熟だったと思います。
それでも少しずつ仕事を任せてくれました。
今振り返ると、親方は私の未熟さを理解した上で、我慢強く育ててくれていたのだと思います。
経験が科学になる時
長い間、私は先輩たちから教わった通りに包丁を寝かせて骨切りをしていました。
理由は分かりません。
ただ、それが正しいと信じていたからです。
ところが時代が進み、レントゲンやCTスキャンによって鱧の骨の構造が詳しく分析されるようになりました。
そこで分かったのが、包丁を少し傾けて入れることで、骨に対してより効率よく切り込めるということでした。
つまり昔から職人たちが経験で積み重ねてきた技術は、理にかなっていたのです。
理屈を知らなくても、何十年、何百年という時間の中で正しい仕事だけが受け継がれてきた。
それが科学によって証明された時、私は大きな感銘を受けました。
昔の職人たちの観察力と経験の深さに改めて驚かされたのです。

一本の包丁から、一貫の握りへ
私が二十三歳の時に買った鱧切り包丁は、今は手元にありません。
数年前、鱧切り包丁を欲しがっていた後輩に譲りました。
ちょうど結婚のお祝いだったと思います。
私自身が若い頃に憧れた包丁でしたから、新しい道を歩き始める後輩の力になればと思いました。
包丁は手元を離れても、そこで学んだ仕事は今も残っています。
今回の鱧は、湯引きした後に冷まさず、温かい状態のまま握りました。
鱧の鮨には様々な表現があります。
清吉でも季節や構成によって仕立てを変えます。
今回は前後に続くおまかせ全体の流れを考え、温かさと香りを活かす形を選びました。
振り柚子を添えた瞬間に立ち上がる香り。
骨切りによって生まれる柔らかな口当たり。
そして温かい身と酢飯が一体となる感覚。
私が味わっていただきたいのは、単に鱧という魚ではなく、その一貫になるまでの仕事です。
中骨を抜くこと。
骨を切ること。
包丁を研ぐこと。
先人から受け継いだ技術を守ること。
その積み重ねの先に、一貫の鱧があります。
夏の清吉で鱧を召し上がる機会がありましたら、その一貫の向こう側にある職人の仕事にも少しだけ思いを巡らせていただければ幸いです。
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